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研修リポート

沖縄県の臨床研修病院を視察して ―研修医の視点から―

小池 麻美

 近年primary care、common diseaseといったことが『流行』であり、大学病院での研修が敬遠される一つの原因ともなっている。primaryを重視するということで沖縄県立中部病院は全国的に有名で、また群星という病院グループも50人前後の研修医を毎年集めている。今回はそれらの病院の視察に研修医として参加した。

群星

 宮城征四郎という強いカリスマ性を持ったリーダーがおり、グループ内の各病院を月2回の頻度で教育回診をしている。教育回診の形式は、院内の研修医が担当している症例のうち1例を呈示し、それに対しての考察を研修医たちと宮城氏の会話の中で行い、最後に実際に患者のところに行って宮城先生が診察をする、といったものだった。宮城先生は非常に話し上手で、長年の経験に裏打ちされた話も非常に興味深く、2時間飽きさせずに講義を行う。この教育回診が群星の魅力の一つとなっていることは間違いないと思われた。
 実際に教育回診を見学した、群星のうちの一つである中部徳州会病院は、研修医は合計で16人であった。指導内容に関しては、研修医の指導を担当する医師に確認すると、各病院で必ずしも意思統一が図られているわけではなく、指導医の裁量に任されている部分が多いようであった。
 宮城氏自身は研修医の教育に対し哲学があり、教育回診も非常に魅力的であるが、その理念が細部にまで徹底されているわけではなく、もともと独立した病院群を教育について統一させることの難しさを感じた。

沖縄県立中部病院

研修医は各学年40人ずつ、計80人程度であった。人気研修病院であり、就職時には選考が行われて、もともとの学力の高い母集団である。
1年目を2年目が、2年目を3年目が教えるという屋根瓦方式が徹底して行われていた。また自分が一人で何でもできるように、我々が普段検査室に任せきりにすることが多い喀痰のグラム染色なども自ら行うように指導されていた。

  • 小児科
     主治医制ではなく、チーム制である。病棟患者は30人程度であり、2チーム体制(スタッフは1チーム研修医を含めて7人程度)で診療に当たっていた。毎朝必ずチームでカルテチェックをした後に回診が行われており、チーム内で患者の現在の状態について統一した理解がされている。日中のファーストコールは研修医であるが、夜間は完全にチームの当直医に任されており、基本的に夜間の指示確認、急変等で病棟からの連絡が入ることはないとのことであった。研修医は受け持ち患者の人数も多いため早朝より忙しく働くが、チーム診療のためon-offがはっきりしているところがモチベーションの維持に一役買っているように思われた。
  • 救急部
     救急車は1日20台前後、受診患者は1日100人程度であり、救急部内には常時数十人の患者がストレッチャーに寝かせられ、まるで野戦病院の様である。
    研修医は2年間を通じて各科当直の他に、救急部の当直が月に数回まわってくる。また、救急部での研修を1年目だけでなく、2年目も行うようになっている。中部病院での核となるのがこの救急部での研修であると思われた。
     実際の研修では、全ての症例を1年目の研修医がファーストタッチし、鑑別診断を行って検査オーダーをするところまでを受け持つ。その後は2年目の研修医に引き継ぐが、問診不足や検査の過不足等があれば申し送りの時に指摘される。また、鑑別の進め方や所見の取り方のコツなどもこの時に伝えられる。引き継いだ2年目の研修医は自ら検査を行い(尿や痰のグラム染色なども)、その結果を見て入院が必要か、帰宅が可能かを、必要なら上位のスタッフの意見を聞いて判断する。救急患者1000例を経験すると、研修医でも入院か帰宅かを判断するのが許可されるシステムになっており、2年目になると大体は1000例をクリアしている。1年目の研修医は同時進行で2-5人程度の患者を診察し、指示を出していくが、待ち時間が1時間以上になると上位スタッフが溜まった患者をさばくようにしているとのことであった。

 それぞれの施設を見学し、中心となっている人物と話をして感じたことは、いずれも共通して一貫したgeneralistを育てるという強い意志である(但し、群星については各病院で少し温度差がありそうではあったが)。それは離島を多く持つ沖縄ならではの事情もあるのだろうが、現在の臨床研修医制度の根本的な目標である、何科の医師になったとしても咄嗟の急病人に対応できるということは確かに達成されそうに思われた。
 研修医の立場からは、指導体制が整っている中部病院は非常に魅力的であった。ここで2年間研修すれば、一般的なことは自信をもってできるようになるであろう。しかしこれは40年の歴史に裏打ちされたものであり、すぐに作ろうと思ってできあがるシステムではないとも感じた。しかし若い医師たちに自分の知識、手技、哲学を伝えようという意識をもって指導医たちが教育にあたるということは、病院全体の雰囲気を変えていくと思われる。
 宮城氏の「目先のことの囚われず、20年先、30年先の日本の医療を見据え、研修医たちをどう育てていくかを考えていかなければならない」をいう言葉が印象的であった。