コラム

社交ダンス物語

2021/09/01更新

社交ダンス物語 307 老兵は語る

 皆さま、こんにちは。糸病・眼科の池田です。2021年の夏は、どうお過ごしになりましたか? コロナで外出できない、暑いのにマスク着用、大雨、ボーナス削減…。大雨で、糸魚川市にも避難指示が発令されました。ストレスは10の10乗という方も、いらっしゃると思われます。病気と同じ、ストレスは生きてゆく上ではつきものです。うまくつき合うことが大切。そんな自分も、この夏はストレスや劣等感に悩まされました。40代の頃は当たり前にできた事が、50代になってからは、当たり前にできなくなっているのですから。年をとったら、今まで当たり前のことが、当たり前でなくなってしまうのですね。ああ、うぞい!(富山弁で情けない、劣っているという意味)

 年をとって、できなくなったこと、その一つが仕事(肉体労働)です。40代の頃は、朝から100人以上の患者さまを一人で診察した後に、休憩なしで手術室へ駆け込み、8件の手術はルーチンでした。それが、50半ばともなれば、富山弁で言うところの「うい!」です。(辛い、苦しいという意味)
「え? お昼の休憩時間はないの?」
「労働基準法に違反している!」
令和の研修医の先生や、その親御さんからは、もの申されそう。でも、それがフツーの時代があったのですよ。自分と同世代、それ以前の『古き良き時代』の外科系のドクターなら、うなずいていただけるでしょう。自分が研修医で大学病院にいた時は、お昼ごはんは夜中の12時近く。帰宅したら午前3時でした。朝はさっとシャワーを浴びて、慌ただしく出勤。当時は、研修医イコール奴隷? タイムカードなし。超過勤務手当なし。同じ外科系でも自分は眼科医なので、まだ恵まれていた方です。
「臭いっ! 30分やるから、銭湯へ行ってこい!」
これは、有名なお話。研修医は先輩からニオイを嗅がれて、そう言われたそうですよ。まる1ヶ月、24時間体制で病院に待機。若いって、本当にスバラシイ!

 当たり前にできていて、できなくなったこと、それはダンスもそうです。かつては仕事を終えてから、糸魚川から上越市の高田にあるダンススクールへ、いそいそと通っていました。夜中に2時間ダンスのレッスンを受けていました。(第8話)帰宅は午前様のこともあり。次の日は、フツーに仕事。その連続の日々が持続可能でした。あわれ、病持ち50代チビ・ハゲカップル、40代だった頃の体力・気力はいずこへ。北アルプス登山を終え、いそいそと病院の講堂へ戻り、ダンスの練習に励んでいた頃の自分が信じられないっ!(第158話・第159話)かつては当たり前のように毎晩していたダンスの練習も病を患ってからは、やわやわ(富山弁で、そろそろ、ゆっくりの意味)と週に一、二度程度。チビ・ハゲ、一曲踊っては、へなへなと椅子に座り込む有様です。

 お若い方々へ、老兵(第282話)こと糸病・眼科の池田からのメッセージです。これは対岸の火事と思ってはいけません。人間の脳細胞は、1日に10万個ずつ死滅しているといわれます。140万本あるといわれている視神経線維は、2時間に1本の割合で加齢脱落しています。もし人が、120〜140歳まで生きることができたら、全員が緑内障になるでしょう。なお、角膜の透明性を維持してくれている角膜内皮細胞は、オギャーと生まれたその時から数は減少しています。これは私たちが避けることのできない『老化現象』です。老兵の糸病・眼科の池田、愛する糸魚川の患者さまの目をお守りするため、目が黒いうちは老体にムチ打ち、仕事に励みます。そして当院の山岸院長の肝入り案件、研修医政策に期待しております。お招き入れた若き優秀な研修医の先生方の、糸魚川総合病院でのこれからのご活躍を大いに期待し、拍手をお送りいたします。


リーダー:成子さん、これからはAIが診断・手術してくれる時代じゃないの?
パートナー:「……!!」

著者名 眼科 池田成子

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