社交ダンス物語 359 リーダーとパートナーの会話 39

コラム

 病院の講堂には、ダンスの練習に挑戦する病持ち50代独身男女の姿あり。病持ち、ヨロヨロとルンバウォークをしています。パートナーは心にぽっかりと大きな穴があいたような感覚で、ふぬけ状態。ダンスに全く専念できません。
 
パートナー:「私、失恋したの。」
リーダー:「へぇ。」
パートナー:「毎日メール交換していた人がいたの。小学校の頃の同級生よ。彼も独身。××を告知され、仕事と××治療の両立の不安に押しつぶされそうになっていた時、奇遇にも遠方の同級生からお手紙が届いたの。『おはよう』、『お疲れさま』、『おやすみなさい』と4ヶ月と26日間、毎日彼とメールが続いたわ。」
リーダー:「筆まめな人だね。そんな女性、20人も30人もいるのでは?」
パートナー:「同級生からメールが来る度に、ワクワクしたわ。××の恐怖も、彼の優しい言葉で救われたの。彼が住んでいる近くに国立○○センターがあるので、××の治療を受けるならお布団を用意するから、自分のマンションから通ってと奨めてくれたわ。もっと同級生を頼っていいよ、甘えていいよと言ってくれたの。嬉しかったわ。彼の奥さんになることを夢みてたの。なのに2日前からメールの様子がおかしくなり、一生を過ごすと決めたという別の女性の話題が…。」
リーダー:「成子さん、男と女の口約束ほど当てにならないものはないよ。」
 
 それから二人は組んで、ルンバを踊り始めました。ルンバ、それは男と女の愛の駆け引きを表現する踊りです。心ここにあらずのパートナー、ダンスに集中できません。
 
パートナー:「あなたと競技ダンスのカップルを組んで、17年目になるわね。恋人でも夫婦でもないのに、よく17年も続いているわね。」
リーダー:「競技選手のリーダーとパートナーは、夫婦以上の関係と言われているよ。」
パートナー:「結婚したことがないから、分からないわ。恋人同士でルンバを踊ったら、どんなに素敵な踊りになるでしょうね。」
リーダー:「ダンス界には、ビジネスカップルという用語がある。彼氏でも旦那でもないからこそ、僕は成子さんと17年ダンスを続けてこられたのだと思う。」
 
 嗚呼パートナー、かつての失恋(第60話)に続き、またもや大失恋。(涙…涙)ところでボールルームダンスは、他人でも男女を『同志』として繋ぎ止めてしまう威力あり。
 
パートナー:「私、立ち直れそうにないわ。」
リーダー:「成子さん、競技選手たるもの、結果の善し悪しを引きずってはいけない!」
 
 夜中の病院の講堂で、踊り続けるパートナーでした。(涙…涙…笑)
著者 眼科 池田成子