社交ダンス物語 371 縁をつなぐ・栃木県大会

コラム

 5月といえば、前期・関東甲信越競技ダンス大会の真っただ中。新潟県の選手である自分たちチビ・ハゲは、各県の大会へはマイカーで移動します。
「あなた達、ドライブできていいわね。」
「ついでに温泉に入ってきたら?」
競技をなさらないうちのダンス教室の先輩から、そう言われます。でも、当人達はそれどころではありません。
『下手な鉄砲も数打ちゃ当たる。』
今では降級規定が甘くなりましたが、コロナ前は厳しく、自分たちはクラスを維持するために試合に出まくっていました。とはいえ、ダンス遠征の醍醐味は、地元の居酒屋での交流です。
「チビ・ハゲ、一体何しに試合に来ているんだ?」
はい、勝つためです。(苦笑)栃木や千葉、茨城の試合は遠方なので、前泊します。試合前夜は、遠征地の居酒屋へ行きます。お酒は人と人との縁をつないでいると言われます。お店のママが糸魚川能生鬼伏の出身で、話が盛り上がったこともありました。ご夫婦でお店を切り盛りしている栃木のある居酒屋では、ご主人もママもお母様が新潟県出身とのこと。栃木県大会では毎年寄せていただいていました。このたびコロナで5年ぶりの再会です。(笑)
 
 お店への手みやげは、糸魚川の地酒。ご主人は77歳、ママも70代半ばと思われます。二人ともお元気、ママは美人。昭和のアイドル、浅野ゆう子さんに似ています。お店はまさにレトロ昭和。招き猫がお迎えしてくれます。自分たちチビ・ハゲの席がカウンターに用意されていました。カウンターの前の棚には、若かりし頃の石原裕次郎の顔写真入りのラベルのワインボトルが置いてあります。早い時間帯なのかお店はガランとしていましたが、本日は満席とのこと。
「大勢のお客さんのお料理作るのは、大変ですね。」
リーダーがそう言ったところ、二次会で来るからと店のご主人はニヤリ。カウンターにはこってりした、ごぼうの揚げ物が大皿に盛られていました。二次会用? フィリピンから来たと思われる若い女性が1人カウンターの端に座っていて、ビールを飲みながらママと会話していました。ママが悩み事の相談相手のようです。彼女の悩み事は、自分はお酒が大好きなのに、旦那さんは全くお酒がダメなこと。このお店のステキな所は、おしながきや価格表示がないことです。ご主人がその日仕入れた新鮮な食材を、おすすめの品として客に提供しています。先ずはお飲物を聞かれました。自分たちチビ・ハゲはビールを注文。するとギンギンに冷えた巨大なジョッキが現れました。本日の突き出しは、モツの煮込み。実は自分達、モツは苦手です。(第169話)。正直ザワザワしましたが、意を決して食べてビックリ! 柔らかくてとろける舌触り、しかも臭みが全くありません。生牡蠣のよう。モツって、こんなに美味しいの? あっという間に平らげてしまいました。店のご主人はお酒を飲みながら、お料理を作っています。そのスタイル、仕事を終えて帰宅してお夕食を作っている自分と同じ。(笑)
 
 二品目は、鰹(カツオ)とホタテのお刺身でした。鰹の産地は本場・土佐とのこと。糸魚川のスーパーでは解凍した鰹のたたきはありますが、新鮮なお刺身は見かけません。鰹の切り身は分厚くて、ピカピカ光っています。ホタテはプリプリ。舌がダンスします。
「成子さん、明日は試合だから、次はウーロン茶にするよ。」
リーダーはそう言っています。
「ビール、もう一杯だけお願いします。」
悪いパートナー? すると大ジョッキが2つ運ばれてきました。こんなに美味しいお刺身は、日本酒でゆきたいっ! はるばる栃木に来たのだから、栃木の地酒が飲みたいなあ…。そう思っていたところ、テレパシーで通じたのでしょうか? リクエストしていないのに、ご主人は店の奥から栃木の名酒『天鷹心(てんたかこころ)』の純米大吟醸の一升瓶を持ち出し、新潟から来たチビ・ハゲに升酒で提供。(ブラボー!)
 
 コロナで暫くお店は休んでいて、助成金がもらえたそうですね。でも落とし穴があって、そのお金をお店に使わなかったら、後で没収されたそうです。コロナ禍で飲食店が受けたアンビリーバボーなお話をお聞きしました。三品目は何だろう…。焼き鳥の盛り合わせでした。自家製味噌が添えてあります。味噌、美味しい。これだけで日本酒が何合も飲めちゃいそう。四品目は丸くて小さくて白い物が、可愛らしくお皿に盛られて出てきました。えっ? 居酒屋でポップコーン? その正体はママがお正月の鏡餅を干して作ったというおかきでした。さすが、プロのダンスと同じ。客をはっとさせます。程よい塩味、吞ん兵衛にとって、お酒が進むキケンな乾き物です。チビ・ハゲは升酒を飲み干していました。するとご主人は、升酒を注ぎ足してくれました。(ワンダフル!)
 
「明日試合なので、ご飯とお味噌汁お願いします。」
新潟から来た吞ん兵衛は、さすがに理性が働いて観念。(苦笑)前回来た時は、しめはママの作ってくれた海苔のお味噌汁とご飯、絶品でした。お味噌汁の隠し味には、新潟の万能調味料かんずりが入っていました。母の味? さすがママのお母様は新潟県出身です。今回は豆腐とわかめのお味噌汁、柚の香り。鰹づくしだと言って、店のご主人は見事な鰹の照り焼きを出してくれました。白いご飯とベストマッチ。お店には2時間ほど滞在。あれだけ食べて飲んだというのに、お勘定は一人3500円。頑張ってねと、明日の試合の縁起担ぎに、ママはお持ち帰りのトンカツ弁当を持たせてくれました。感謝! 秋の大会もお店に来ますと、ママとご主人に約束。お店を出る時、自分たちよりも少し年上と思われるオジさん達が、ゾロゾロと入ってきました。二次会か? オジさん達は嬉しそうに声をあげながら、順々にママの首に抱きついています。聡明で美人のママは、女の子からもオジさんからも人気があるんですね。(笑)
 
 試合当日の朝、チビ・ハゲはトンカツ弁当で力をつけました。栃木のホテルの7階の部屋から、目を凝らして遥か遠くに見えるのは富士山か? フロントで聞いたら、晴れた空気の澄んだ日には、小さく富士山が見えるそうです。一富士二鷹…。栃木で『富士』が見られたなんてラッキーです。しかも昨夜は『鷹』の名入りの地酒をいただきました。朝食は縁起を担いで『トンカツ』です。準備万全!これで勝てる! 2024年前期・関東甲信越競技ダンス栃木県大会、チビ・ハゲの競技結果は…。ラテンB級は一次予選敗退。(涙)グランドシニアラテンA級(出場資格55歳以上)、シニアスタンダードB級(出場資格35歳以上)、そしてスタンダードC級は、いずれも2回負け。
「ご主人やママに悪いよ。」
リーダーは申し訳なさそう。挑戦だけがチャンスを作る! 次の競技会に向けて、そして再会を願う秋の栃木県大会を夢みて、チビ・ハゲは走り出すのでした。(笑)
 著者 眼科 池田成子