社交ダンス物語 407 いつも通り

コラム

 大相撲秋場所の千秋楽、大の里が横綱昇進後に初めての優勝を遂げましたね。大の里といえば、新潟県立海洋高校出身の力士です。自分は糸魚川市の小中高等学校の学校医を委嘱されており(第200話・第372話)、毎年海洋高校の眼科検診をさせていただいております。海洋高校は相撲の強豪校であり、現在も大の里の後輩である部員が日々寮生活を送りながら、切磋琢磨しています。相撲部の大きな体の男の子たち、学校検診では恥ずかしそうに眼科医の前で微笑んでくれるのですよ。カワイイ!
 
 その生徒の一人であった大の里、千秋楽の最後の取り組みでは、もう一人の横綱、豊昇龍に負けてしまいました。インタビューによると、欲が出て負けてしまったとのこと。それゆえに、同じ13勝2敗で並んだ横綱同士の優勝決定戦で、もう一回戦わなければならなくなりました。親方に淡々といきなさいとアドバイスをいただいて、優勝決定戦は淡々とやることを意識して、しっかり勝ち取れたとのことでした。
「いつも通りのことをした。」
優勝者のインタビューで、大の里がそう弁じていたのが印象的。
 
 いつも通りのことをする、競技ではままならないと実感いたします。せんえつながら、自分達のような下のアマチュア競技選手も競技会では「勝ちたい!勝ちたい!」「あわよくば、決勝!」と欲が出ます。すると肩に力が入り、悪いクセが出てしまいます。うちのリーダーの場合、スタンダードのホールドは紳士の正装である『燕尾服』を着ながらも、佐川急便のトラックの飛脚のマーク、『赤ふんどし』のごとし。パートナーは両肩が外に広がり、まるで『干物』。美しいラインを出すため、コーチャーからは肩の力を抜くようアドバイスされますが、欲が出れば出るほど悪いクセが出て、ラインが崩れてしまいます。(肩が上がって首がなくなってしまう)病院の講堂でダンスの練習をしている時のように、競技会でも平常心で、いつも通りに踊れたら良いのですが…。
 
 さてここで、欲が出るといえば、勝負事や金儲けだけではないようです。
「この目の手術は、難しいです。」
先日、ご高齢の女性患者さまにそう申し上げました。患者さまは良いようにお考えになる傾向があるので、執刀医は困難症例でハイリスクの患者さまには、悪いこと(術中・術後の合併症の危険性)は繰り返し3回お伝えするよう学会で推奨されています。今回は無事、手術を終えることができました。指数弁(眼前で指が何本か分かる程度)だった視力が、裸眼で1.2に回復しました。これで許してもらえると、眼科医がほっとしたのも、つかの間。
患者さま:「欲が出ました。もう片方の目の手術もお願いします。」
眼科医:「!!!」
その女性患者さまの、もう片方の目の手術を控えた前夜のこと。「失敗は死刑!」と、ストレスフルの眼科医のところへメールが届きました。小学生時代の同級生で、近所に住んでいた男の子(第359話)からです。
 
池田さんへ
明日は手術だね。
大丈夫だよ。
いつも通りでね。
 
☆はい、いつも通りを心がけます。(涙…笑)
著者 眼科 池田成子